銀の風

二章・惑える五英雄
―30話・思いがけない手がかり―



待っていたクークーは、一行の姿を見ると嬉しそうに羽をばたつかせた。
その羽ばたきで風が起きて少々困るが、巨大インコが羽ばたいていると思えば可愛い。
いや、あくまで気分だけだが。
「た、ただいまクークー。」
「クィー、クウゥ〜。」
アルテマの顔より遥かに大きいくちばしを彼女の顔に擦り付けて、
クークーは甘えるように鳴いた。
「はいはい、いい子いい子。」
「クィー。」
ぽんぽんとくちばしの横を叩いてやると、
クークーは満足したらしく顔をアルテマから離して羽つくろいをはじめた。
「クークー、ちょんとお留守番できたー?」
「お前よりはこいつの方が出来るだろ。こいつのほうがお前よりは頭よさそうだし。」
「なにそれ〜!うわ〜んリュフタぁー、リトラがいじめた〜!」
あんまりなセリフに、フィアスがリュフタに泣きついた。
しがみつかれたリュフタはちょっと困ったが、ぽんぽんと肩を叩いてやる。
「あ〜よしよし。そんなに泣かんと、落ち着いてな〜。
それと、リトラはんもちょいと言い過ぎやで!」
泣いてるといっても半べそ未満位だが、
フィアスは何とも情けない声を出している。
そのうち鼻水まで出てきそうだ。
「ともかく、日も傾いてきたしさっさとキャンプの支度しましょう。」
「えーっと、今日の分担は……っと。えーっと、テント張りが――。」
「あ、テントだったら今日は当番いらないんじゃなーい?
アタシ、コテージ持ってるから。」
そういってナハルティンが取り出したのは、
ピラミッド型と立方体に木の棒を組み合わせて出来たようなおもちゃの家。
が、これには実は魔法がかけてあり、
「ドア」と文字をつづって放り投げると家の大きさになるマジックアイテムだ。
「コテージとは、ずいぶん豪勢だな。」
「お金に余裕があるとき、テント張る元気が無いときのために買ったんです。
別に結界をナハルティンさんに張ってもらって寝てもいいんですけど、それだと目立ちますから。
見られながら寝るっていやですよね。……これで大丈夫ですね。」
ペリドは金の針でカリカリとドアのつづりを彫り、
彫り終わったそれを空き地に放る。
すると次の瞬間、ボンっと音を立てて小ぢんまりとした一軒家が現れた。
白い屋根と薄い茶色い壁に、木のドア。
ごく普通の家にしか見えないこれが、使い捨てなのは惜しい。
「わぁ!」
「で、でかっ……。おっと、あとはたきぎ拾いと料理当番と食料係と水汲みか。
さっき表を作ったんだよな。えーっと……。」
予想以上の大きさに引きつりながらも、
リトラははっと我に返ってウエストポーチから当番表を取り出してチェックする。
「あんた、おとといこの3人が入ったばっかりだっていうのに、
もうその表作り直したわけ……?」
アルテマが若干顔を引きつらせる。
何と言っていいのか迷っているらしい。
「?あたりまえだろ。」
「あんたってさー、男より女に生まれたほうがよかったんじゃな〜いのー?」
「どー言う意味だよ!」
けらけらとナハルティンに笑われて、リトラは怒って怒鳴り散らす。
(あんさんがそーいうとこだけ女みたいに細かいってことや……。)
「ん?なんか言ったか?」
「いんやなーんにも。」
リュフタは真顔でしらを切る。
聞こえてなければそれでいいのだ。
「えっと……表を見せてもらっても構いませんか?」
「あ、別にいいぜ。おめーはクークーと水汲み。」
覗き込んできたジャスティスに、リトラは紙をずらして表を指差した。
ちゃんとクークーの当番まで書いてあるらしい。
相手がモンスターでも暇は許さない少年、それがリトラ。
「わかりました。クークー、行きますよ。」
「クー。」
ジャスティスがクークーの首の付け根あたりまでよじ登ると、
座っていたクークーが立ち上がり、軽く助走をつけて空中に舞い上がる。
「いってらっしゃーい!」
「気をつけてくださいねー。」
フィアスとペリドが見送ってから、リトラが本格的に指示をはじめた。
重労働の焚き木拾いは、アルテマ・ペリド・リュフタが担当する。
「じゃ、あたしたちもいこっか。」
「そうですね、行きましょう。」
非力なペリドには不向きな作業だが、他のメンバーでは代われないので仕方が無い。
小枝は多いので燃料は安心だが、
このあたりにはめぼしい果物などが多く見当たらないので、
フィアスの食べる分を確保するためにはモンスターや動物を多めに狩らなければならない。
こっちをルージュとナハルティンが担当する。
早く正確に獲物を狩るには、実力のあるメンバーがはずせない。
「俺たちはあっちに行くか。」
「来る途中で魔物の気配がしたもんねー。いいんじゃない?」
何だかんだで、コテージの番はリトラとフィアスだけになった。
そして表を作ったリトラには、かまどを作ると言う面倒くさい仕事がある。
地道な作業はリトラだって嫌いだが、ローテーションにしてあるので仕方が無い。
こういうところは、妙にきっちりしている。
「あー面どくせぇ……ん?」
石は前に使った奴がウエストポーチの中にあるので、
さっさと組み立てようと中をあさりはじめた。
その時ふと脇を見えると、買って来たばかりのモーグリが何かいいたそうにしている。
「クポー。」
「クポーじゃなくて、テレパシー飛ばしてくんねえ?わかんねえよ。」
そういわれたモーグリ、帰りがけにポーモル=モミュンとだけ名乗った彼女は、
黄色い玉を光らせて改めて話し掛ける。
“ごめんなさい。わたし、他の種族とお話したことがあんまり無くて。
ナハルティンさん……だっけ?あの女の子が初めてお友達以外でテレパシーで話した相手だったの。
それにね、わたしは何にも言ってないのに、ここから逃げたいんでしょって言ってくれたよ。”
そんな会話をテレパシーで交わしていたとは知らなかった。
もっとも彼女は何か特別なことをしている様子を見せていないので、
わかりようが無いと言えばそれまでだが。
「へ〜、ナハルティンって、けっこうやさしいんだね〜。」
「あいつは上級魔族だからな。テレパシーとか心を読むなんて、お手のもんだよ。」
“そうなんだ……。すごいのね、魔族とかって。”
感心と驚きが半々な様子で、ポーモルはつぶやいた。
魔族に対する畏敬の念が芽生えたのだろうか。
「確かにな。まだあいつの攻撃魔法は見たこと無いけど、やばいくらい強いと思うぜ。」
大げさではなく、上級魔族に魔法を使わせたら神以外のどんな種族もかなわない。
そこは、魔法の神である魔神が統べるもの達といったところか。
“へぇ〜……わたし、すごい人たちに助けてもらっちゃったみたいね。
だって、あなたたちほとんどみんな人間じゃないんでしょ?”
「ビンゴ。さすがに動物だから鼻は利くよな。
ところで、お前にちょっと聞きたいんだけど、いいか?」
ふと召帝の情報が無いかと思ったりトラは、
唐突ながらポーモルにたずねる。。
“え、なあに?”
ポーモルが首をかしげた。
「おれ、銀髪をポニーテールにした見た目が25〜30くらいの魔道士のおっさん探してるんだよ。
お前、市場にいたからうわさくらい聞いてるかって思ってさ……。」
“う〜ん……ないなあ。でもちょっと待って。お友達に聞いてみるから。”
そういって、ポーモルは頭の黄色い玉に意識を集中させた。
『?』
「クポクポクポポ……。」
何度かぶつぶつ言ったり黙ったりを繰り返すこと10分ばかり。
ポーモルは集中を解き、無意識に下を向いていた顔を上げた。
“うん、お友達がおととい、草原でそっちのほうに行く人見たって。”
「マジで?!」
「お友達?」
喜ぶリトラとは打って変わって、間の抜けた声でフィアスが聞く。
“うん。わたし達モーグリはね、チョコボとお友達なの。”
「へ〜、いいな〜。」
大体の子供の例にもれず、
チョコボが好きなフィアスはうらやましそうだ。
“うふふ、うらやましい?わたし達モーグリは外にはいかないから、
お外のお話を聞かせてくれるチョコボ達は本当に大好きなの。”
ポーモル達モーグリは臆病で環境の変化に弱いので、外にはなかなか出向けない。
だから、森や外を自由に行き来するチョコボがしてくれる外の話は、とても面白いと感じるのだ。
「おい、俺のセリフ無視すんなよ。」
不機嫌そうにむくれて、リトラがつつく。
“あ、ごめんね。それで、あなたが探してる人なんだけど……ギルベザートにいるみたい。”
「ギルベザート?」
“ギルベザートの森って言う、この辺りだと一番大きな森があるところなの。
そこには違う群れだけど、モーグリもいるの。
実はわたしが住んでいた森がこの前人間に切られちゃって、
仕方が無いからそこに行こうと思って歩いてたらつかまっちゃったんだ。”

「そうだったんだ〜……おうちなくなっちゃったんだね。」
「そりゃえらい目にあったな。そっか、ギルベザートの森か……。」
一体どこなのだろう。
先日ペリド達とであった町で買ったばかりの地図を広げて、リトラは場所を探す。
“ギルベザートは、半島の北の方よ。”
ポーモルのヒントで、すぐに場所が見つかった。
“ギルベザート”と、比較的広いエリアに書いてある。
おとといというのだから、まだ遠くには行っていないだろう。
クークーに乗れば、そこに行くのも楽だ。
「ありがとよ。」
お礼に、リトラは今日もらったクポの実を1つポーモルに渡した。
「じゃあ、明日はギルベザートってところにいくんだね。」
「おう。帰ってきたら、いっとかねーとな。」
思わぬ収穫だ。
ナハルティンがルージュと値切って彼女を買ったことに感謝する。

その日の夜。
「ギルベザート?そこにあなたの探してる……召帝さんが?」
食事のときにうっかり話し忘れたリトラは、
コテージの中で全員がくつろいでいる時にポーモルから聞いた話を切り出した。
「ああ。今度こそ逃がさねーよ。」
「今度こそ?あんた、今まで一回も会ってないんじゃ……。
それとも、あたしたちに会う前に一回見つけたことあったわけ?」
「おう。……逃げられたけどよ。」
リトラの脳裏に、旅立ってから2週間後に遭遇した召帝の姿が浮かぶ。
一瞬垣間見ただけで、声をかけることすらかなわなかった。
それから1ヶ月あまり。ようやく新たな手がかりを見つけたのだ。
もう逃がしたくない。そんな気持ちからリトラは強くこぶしを固める。
「……ちゃんと、会えるといいですね。」
「会うだけじゃだめだ。引きずって連れ戻さなきゃ意味がねーんだよ。」
さっさと役目を終わらせて帰る。
国のため、自分のため、色々あるがどれも大事だ。
「まぁ、それがお前の目的だしな。
いつもはそんなに探してるそぶりを見せなくても、な。」
「いやみかよ!」
「別に。俺は真実をいっただけだぜ。」
リトラが怒っても、ルージュはそ知らぬ顔だ。
「2人とも、けんかしたらフィアスちゃんが寝れへんのやけど……。」
リュフタが、声を抑えて二人に注意する。
傍らでは、フィアスがもう眠っていた。
まだ8時くらいだが、今日は疲れていたらしくもう寝たようだ。
ちなみにポーモルも夜行性ではないのでとっくに寝ている。
「そりゃわるかったな。ところでお前、なんかやつれたな。」
「うちが苦手な強烈な闇パワーの持ち主が2人もおれば、
どう頑張ってもそうもなるんやけど。」
実際、リュフタはここ数日つらかった。
ルージュでもちょっとくるものがあったのに、いきなり上級魔族なんてものが来たのだ。
しがない中級幻獣・光属性にはつらい。
「激ダサヘナチョコめがねとあんたの光の力じゃ、
アタシとルージュの力とつりあい取れるほどできるほど強くないしね〜。」
「うぅ、痛いところつくなぁ……その通りやけど。」
このパーティは最近闇属性に偏りすぎだと、それでもリュフタは心の中でつぶやいた。
この際、もし読まれても関係ないらしい。
「ま、ウサギいじめはこれくらいにしとくけど。
で、あんたちゃんと捕まえられる自信はあるわけ?」
「う゛……。」
痛いところを突かれ、リトラは黙り込んだ。
実際、魔法を使って簡単に逃げられているのだから仕方が無い。
「当然、その方の方がお力は上なわけですから……正面からでは無理ですよね。」
「そうなんや。その空間で魔法を使えないように出来ればええんやけど……。
それは古魔法とかそっちになるから無理やな〜。」
リュフタも知識だけはあるのだが、唱えられないので逆に切ないだけだ。
知らないより、知ってて使えない方がつらい。
「ブロキュスですか。あれは、われわれ天使の中でも高位の方しか使えませんよ。」
「ぶろきゅす?」
アルテマが間の抜けた声をあげて聞き返した。
「戦っているところを、しばらく魔法が使えないエリアにするの。
敵も味方も魔法が使えなくなるから、ちょっと不便なんだよね〜。
ケーラの方が、もっと強力だし便利そうだよん。ま、あれはあたしまだ使えないけど。」
「まーたわけわかんない魔法の名前が出た……。」
うんざりしてアルテマはぼやく。
黒魔法と白魔法ですらあまりわかっていないのに、
やれ古魔法だ闇魔法だ光魔法だと言われてはたまらない。
ナハルティンやジャスティスの頭の中は、魔法書なのかと思ってしまう。
「脳みそがゴブリンサイズちゃんにはつらいかなー?
ケーラっていうのはね、封印するための古魔法。
たとえばすっごくつよ〜いモンスターとか、
誰にも知られたくない秘密のアイテムとかを封印するわけ。」
「へ〜……昔話に出てきそう。」
投げやりに返事を返しながら、アルテマはペリドの髪の毛をいじる。
ペリドは苦笑いしながらも、そのままやらせておくことにした。
見た目はともかく、実質が年上たつゆえの余裕だろうか。
「よく子供向けの絵本に、悪いモンスターは勇者に封印されましたとかありますよね。」
「それにケーラを使ったかどうかは怪しいけどな。」
ボソッと横からルージュが口をはさんだが、
聞こえなかったらしく誰も何も言い返さなかった。
「クィー、ククィー。」
外からクークーの声がする。
慌ててはいないので危険を知らせるわけではなさそうだが、何かあったのだろうか。
「んー、どうしたのー?」
「クィクゥー。クゥッ。」
クークーが、コテージの入り口に来たナハルティンに向かって何かしゃべっている。
ふんふんと相槌を打ちながら、ナハルティンは彼の心を読んだ。
「なんて?」
アルテマは話が気になって、毛布をかぶったまま入り口まで歩いてきた。
「うるさいから寝れないってさ。」
「んじゃ、もう寝るか。」
明日はいつもより早く起きる予定だ。
早く動いて、少しでも追いつくチャンスを増やしたい。
「ルージュさん、見張りをよろしくお願いします。」
「ああ。」
仲間たちは肩まで毛布にもぐりこみ、眠りについた。
コテージには体力や精神力の回復を早める作用があるので、
明日になれば疲れは芯から取れるだろう。
見張りのために外に出たルージュは、星空を深いアメジストの瞳で見上げる。
満天の星空は、とうに過ぎ去った日々を思い出させた。
まだルージュが成竜の庇護を必要としていた頃を。
「……らしくもないな。」
過去はルージュにとって、文字通り過ぎたものでしかない。
そう思った後、ふと彼はリトラのことを考えた。
―あいつは、一体何者だ?
召帝を探すという大役を任され、
リア王家の守護獣であるテューリンクル、つまりリュフタをつけられた少年。
人のことを言えた義理ではないが、
あれだけ普段しゃべっておきながら自分の生い立ちにはあまり触れていない気がする。
それでもいくつか話しているが、どうにもルージュにとっては腑に落ちない。
本当に言葉の通りなのか、それとも何か隠しているのか。
「……占いでもするか。」
見張りをすると言っても、上級魔族と竜、
とどめに天使の気配までするのだから魔物は寄ってこないだろう。
交代までの退屈しのぎに、ルージュはとりあえず明日のことを占い始めた。
愛用の黒竜の水晶に手をかざし、意識を集中させる。
「水晶よ……我が力を研ぎ澄まし、我が目に未来の化身を映し出せ。」
おぼろげに水晶に見える幻影。
まず見えたのは鎖で絡みとられた鳥かご。輝く強い光。
そして、銀色の帯にかすめた金色の帯だった。次いで、2つの流れが一つになった。
「これは……!!」
ルージュがはっと目を見開く。
驚いたのは、鳥かごや光ではなく、最後に現れた帯だ。
帯はこの場合、道や運命の象徴。
それがぶつかるのではなくかすめたと言うことは、
近い未来に両者が意識せず遭遇するという事。
そして次に一つになるということは、
そのまま同じ運命をたどるもしくは道を通ると言うことだろう。
残念ながら、それ以上はルージュに見えなかった。
「どうも近々、後々まで影響を及ぼす出会いがありそうだな……。」
彼の占いは良く当たると行く先々で評判だ。
おそらく今回も、占いの結果は当たるだろう。
ギルベザートに行かなければ結果は変わるだろうが、
今それだけはありえない。
それそのものは悪い出会いではなさそうだが、
それがもしかしたら後で何かを変えるかも知れない。そんな気がした。


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ポーションに匹敵する謎アイテム・コテージ登場です。
ナハルティン物持ちいいですねぇ。
そしてラストではルージュがリトラのことを疑っております。
勘がいいので何か引っかかるのでしょう。
ちなみに今回2ヶ月かかったのは、
修学旅行は勿論、短編小説書きに没頭してたからです(馬鹿